ログイン見張りの一人が、私の腕の中にある帳簿へ目を向けた。取り上げるよう命じられているのだろうか。私は表紙に手を置いたまま、彼が何か言うのを待った。
「長老のところまで来てくれ。帳簿も持って」 「イーダも一緒でいいですか。この帳簿を私と一緒に見ています」 「そこまでは止められていない」 見張りの返事に、イーダが私の肩へ自分の上着を掛けた。祝祭に着てきた薄い服では、夜の道を戻るには寒い。礼を言うと、彼女は「返すのは明日でいい」と言った。明日も会えると、今は彼女に言ってほしかった。 私たちは広間には戻らず、その裏手にある集会所へ案内された。食事を楽しむ人々の声が、壁一枚を隔てて聞こえる。こちらの部屋には油の匂いのする灯りが二つあるだけで、昼間は長老たちが会議に使う大机に、先ほどの出庫許可書が広げられていた。 長老は私の家に封印がされたことを、見張りから報告されて初めて知ったようだった。気まずそうに眉を寄せたが、封を解くようには命じない。 「調査のため、家の書類も保全することにした。自宅で待てと言ったあとで命令が変わったのは、こちらの不手際だ」 「今夜はどこで過ごせばいいんですか」 「集会所の奥の部屋を使いなさい。見張りは置くが、罪が決まったわけではない」 その言い方は私を安心させるためなのだろう。けれど、自分の家には入れず、扉の外には見張りが立つ。名前をどうつけても、自由に帰れないことに変わりはなかった。 私は帳簿を机に置き、油の受領記録を開いた。 「三日前、油は倉庫番が受け取っています。私の署名はありません。ガレスが言った『私に渡した受領確認』とは、別の書類だったはずです」 長老は頁に顔を近づけ、日付と数量を確かめた。隣からイーダも覗き込み、倉庫番の名を声に出して読んだ。二人が見たことを確認してから、私は帳簿を閉じる。 「これは証拠として預かる」 「構いません。ただ、どの頁がある状態で渡したか、イーダにも見ていてほしいんです」 長老の顔が強張った。疑われたと思ったのかもしれない。私は言い直すべきか迷ったが、取り消さなかった。今夜の私は、ガレスに渡された紙を確かめず署名した。二度と同じことはしたくない。 イーダが私の横で頷く。 「最初の頁から順に見ます。私、数字は苦手ですけど、何枚あるかくらい数えられます」 「お前は明日の配給の準備もあるだろう」 「だからこそ見ておきたいんです。足りない品があるなら、私もこの帳簿を使って仕事をしていましたから」 長老は深く息をつき、机の端を空けてくれた。私とイーダで頁を繰り、今夜までの記録がそろっていることを確かめる。彼女は途中で一度数え間違え、「もう一回」と自分から戻った。普段なら急かしたくなるところを、私は黙って待った。 最後の頁を閉じると、長老が帳簿を引き寄せた。 「倉庫の控えも確認する。お前の言うように書類が後から挟まれたなら、そこに痕跡があるだろう」 「いつ確認できますか」 「夜が明けてからだ。倉庫番を呼び、立ち会わせる」 今すぐ行かない理由は分かった。祝祭の最中とはいえ、倉庫を守る者までここに集めてしまうわけにはいかない。ただ、私が朝まで奥の部屋で待つあいだにも、倉庫の書類には誰かが触れられる。封鎖したと長老は言ったが、鍵を持つ人が何人いるか、私は知っている。 「鍵をお持ちなのは倉庫番と、ガレス、それに長老のお一人です。朝まで誰も入らないよう、三人それぞれに伝えてください」 「言われなくても分かっている」 長老は少し腹を立てたようだった。それでも、そばにいた見張りへ倉庫に人を置くよう指示した。私はそれ以上求めなかった。 イーダが奥の部屋まで付き添ってくれた。寝台と水差しがある、泊まりの客を迎えるための小部屋だった。扉の外に見張りがいるというだけで、落ち着かない場所になる。 「朝、私も来るわ」 「配給所は?」 「先に残りを数える。足りないぶんは長老が手配するって言ったんだから、そこは働いてもらう」 イーダは上着を私の肩に掛け直し、帰りかけて振り向いた。 「ガレスのことまで、今夜のうちに気持ちを決めなくていいからね」 私は返事ができなかった。ガレスを許すかどうかなら、答えはもう出ているように思う。それなのに、彼が祝祭で何を言おうとしていたのか、私を見たときなぜあんな顔をしたのか、考えるのをやめられない。 イーダが帰ったあと、私は寝台に座って靴の泥を落とした。泥のついたまま寝台に上がれば、いつもなら翌朝の自分が嫌な思いをする。そんな当たり前のことを考えられるのが、少しだけありがたかった。 しばらくして扉が叩かれた。見張りの声で「ガレス様が話をしたいと」と告げられる。私は立ち上がり、扉を開けた。 ガレスは祝祭の上着を着たままだった。銀糸の襟は着崩れ、私が付けた留め金が片方だけ外れている。彼は見張りに離れるよう言ったが、相手は廊下の端へ下がっただけだった。 「二人で話せないの?」 私が尋ねると、ガレスは唇を歪めた。 「今夜のことがなければ、いくらでも話せた」 「今夜のことを始めたのは、あなたよ」 彼は黙り、外れた留め金に触れた。私が直すと思ったのかもしれない。私は扉の枠に手を置いたまま動かなかった。 「帳簿の件で来た。お前が説明を重ねるほど、長老たちは引けなくなる。あの紙に署名したのは事実なんだろう」 「署名した紙に何が書いてあったのか、確かめたいと言っているだけよ。油の受領確認だとあなたは言ったけど、倉庫の帳簿に私が署名した受領確認はないわ」 ガレスは廊下を見た。見張りは離れているが、声を張れば聞こえる距離だ。 「受領確認の控えが倉庫にないことは、今は問題じゃない。俺の話を最後まで聞いてくれ」 その言い方には覚えがあった。仕事で誰かと揉めたとき、ガレスは私を落ち着かせるために、まず同じことを言う。私は彼が話し終えるのを待った。 「夜明け前に北門から出ろ。長老には俺から話す。お前が出ていけば、調査はそれ以上広げずに済む。外でしばらく暮らせるだけの金も用意する」 彼の声は静かだった。よく考えた末の提案として、私に聞かせているのが分かる。 「私が持ち出したことにして、終わらせるのね」 「そこまで言っていない。ただ、ここに残って裁きを受けても、お前にいいことはない。署名を見た連中の考えを、一晩で変えられると思うか?」 「変えられるかどうか、まだ調べてもいない」 「リヴィア」 彼は一歩近づいたが、私が扉の内側へ下がると足を止めた。 「俺だって、お前を苦しめたくて言っているんじゃない。昔からの知り合いが、これ以上お前を悪く言うところを見たくないんだ」 その言葉には、彼なりの気遣いがあったのかもしれない。けれど、私に向けられた疑いを晴らすためではなく、私を人目から消すために使おうとしている。 「イーダも、その『昔からの知り合い』に入る?」 「彼女はお前に甘い。巻き込めば、あの子まで居づらくなる」 私はガレスの顔を見つめた。イーダへの心配も嘘ではないだろう。彼は昔から、ひとつの言葉に親切と都合のよさを混ぜるのがうまかった。私はその両方を受け取って、親切なほうだけを大切にしてきた。 「出ていかない。朝になったら倉庫の控えを見て、署名した紙のことも調べる」 「そうか」 ガレスは短く答えた。怒鳴られると思っていたので、私はかえって彼の次の言葉を待った。 「俺が手を貸せるのは、今夜までだ」 彼は背を向け、廊下の角で見張りに何かを告げた。私には聞こえない。足音が遠ざかってから扉を閉めたが、寝台へ戻る気にはなれなかった。 油の受領確認が別にあるはずだと彼は主張した。しかし私は、何の紙に署名したか覚えていない。朝、倉庫を見れば答えに近づける。ガレスもそれを知っているから、夜明け前に出ろと言ったのだろうか。そう考える自分に、彼を信じた七年が抗っていた。 外が白み始めたころ、再び扉が叩かれた。眠れないまま椅子に座っていた私は、呼ばれる前に立ち上がる。 見張りの後ろには長老がいた。彼は昨夜の書類を入れた筒を持ち、私を集会所の大部屋へ連れていった。机の上に私の帳簿はなく、別の長老が立っている。 「倉庫の確認を始める前に、伝えることがある」 嫌な予感がした。私は二人の顔を見比べる。 「マーロウ家から、この件が国境の交易にも影響するという申し入れがあった。調査は続けるが、群れの外に出る人間への対応を先に決めなければならない」 「私はまだ出ていません」 「ガレスから聞いた。お前には、北門から退くよう勧めたそうだな」 「断りました」 長老は手にした筒を机に置いた。 「ならば、長老会として命じる。調査が終わるまで、この群れから離れなさい。ここにいれば、倉庫番も証言しづらいという意見が出ている」 「私を疑っている人がいるから、私が出ていくんですか。昨日まで帳簿を任せていたのに?」 「無実と決まれば戻れる」 もう一人の長老が言った。戻れるという言葉が、今は慰めにならない。帰る家は封じられ、無実を確かめる帳簿も私の手を離れている。 「倉庫の控えを見る約束でした」 「立ち会いは認められない。確認した結果は知らせる」 「誰を通じて?」 長老は答えに詰まった。群れの外へ出た私に知らせる手段さえ、まだ決めていないのだ。 大部屋の扉が開き、イーダが入ってきた。配給所へ行く前に寄ったらしく、袖をまくり、髪も結い直していない。彼女は私の顔を見るなり、長老たちへ尋ねた。 「リヴィアを追い出すという話を聞きました。今朝、私と一緒に帳簿を見せる予定だったはずです」 「お前には配給所の仕事を任せる」 「仕事はします。でも、昨日ここで数えた帳簿がどう扱われるのかは知っておきたいんです」 イーダは私の隣に立った。長老たちが嫌がるのを承知で来たのだろう。その袖には、粉が少しついていた。朝食を食べる間もなく配給の支度をしていたのかもしれない。 私は彼女を巻き込む怖さを感じたが、ここで何も言わずに出れば、それこそ昨夜ガレスに勧められたとおりになる。 「昨日預けた帳簿は、頁をイーダと確認しました。倉庫の控えを調べた結果と一緒に、私にも知らせてください。受け取り先は、国境の宿にします」 「どの宿だ」 「着いたら連絡します」 私はまだ行き先を決めていなかった。国境までの道なら知っているし、交易の宿もいくつか思い浮かぶ。今ここで一軒の名を出せば、そこへ行くしかなくなる気がした。 最初に話していた長老が、ようやく頷いた。 「知らせは出す。朝のうちに門を通りなさい。封じた家から必要なものを取るときは、見張りを立ち会わせる」 家の扉が開くのは、それから間もなくのことだった。七年分の暮らしを選り分けるには短すぎる時間で、私は着替えと金入れ、筆と小さな古い帳簿を鞄へ入れた。その帳簿には以前の配給や倉庫への納入記録が残っている。今朝預けた帳簿ほど新しくはないが、過去の数を確かめられる。見張りにも中を示し、持ち出してよいと確認を取った。 ガレスの上着は椅子の背に掛かったままだった。留め金を直すための糸も、脇の籠に入っている。私は上着に触れず、籠の横に置いた自分の外套だけを取った。 北門までイーダが荷物を持ってくれた。門では祝祭の飾りがまだ外されておらず、色あせた花輪が風に揺れている。昨夜ここを通ったときには、帰る家を失うなど考えてもいなかった。 「私の家に手紙を送って。宿が決まるまでは、こっちからも知らせを出すわ」 イーダは鞄を返しながら、こちらを見た。 「帳簿のことだけじゃなく、ちゃんと食べているかも書いて。あなた、忙しいと食事を忘れるから」 「あなたこそ、配給所で全部一人で背負わないで」 「私は人に頼むのが得意なの。あなたと違って」 言い返すと長くなりそうで、私は頷いた。イーダは上着を返される前に私の手を包み、冷えた指を一度だけ握った。 門を抜けて少し歩いたところで、背後から馬のいななきが聞こえた。振り返ると、二人の男が門番と話している。祝祭へ来た客かもしれず、私を追っているとは限らない。それでも私は立ち止まらず、外套の下で古い帳簿を抱え直した。 昨夜まで守っていた場所は、門の向こうにある。帰れると言われた言葉を信じたい気持ちは残っていたが、確かめたいことまで置いてはこなかった。私は国境へ続く道を選び、朝の薄い霧の中を歩き始めた。窯を借りた男の署名は、朝の光に透かしても読み取れなかった。筆の終わりだけが紙に深く食い込み、前半は急いで書き流したように潰れている。私は昨夜から何度も眺めていたが、読めるはずだと思い込むほど、知っている名前に見えてしまう。「ここで名前を決めるのはやめましょう」 私が帳面を閉じると、ヴィンはうなずいた。彼も同じ署名を別の紙に何通りか写していたが、どれにも自信がないらしい。「代金の受け取り先から追えます。現金払いでも、窯を借りる前に誰が道を通したかは残るはずです。国境の荷を王城へ入れる許可を調べてみます」 通行の控えを探しに行ったヴィンの背中を見送り、私は窯から預かった銀板と、三台目の馬車で採った粉についての記録を並べ直した。どちらも行き先を証明するには足りない。だからこそ、書類を一枚見つけるたびに犯人の名前を先回りして書きたくなる気持ちを、抑えなければならなかった。 昼前、ヴィンが戻ってきた。抱えていたのは通行記録ではなく、厚い人事簿だった。「クレイン商会の名義で、昨冬に王城北倉への荷の搬入申請が出ています。その控えを探していたら、王廷の補給官を選ぶための書類にも同じ申請番号があったんです。荷の申請を、職を求める際の実績として使っています」「誰が?」 ヴィンは私を見て、答える前に簿冊を机へ置いた。「ガレス・ロウです」 知っている名前なのに、耳に入った途端、しばらく意味を結ばなかった。ガレスが地位を欲しがっていたのは昔から知っている。領内の役職では満足せず、王城で仕事をしたいとも言っていた。私が驚いたのは、その願いが窯の荷と同じ書類に現れたことより、いつの間にか私は、彼の望みを深く考えるのをやめていたからかもしれない。 人事簿には、北倉の補給監督補佐を求める申請が綴じられていた。冬の荷が行方不明になる前に、ガレス自身が署名している。添付された事業計画では、自分の群れとクレイン商会が冬道の輸送を整え、王城の補給費を減らせると訴えていた。荷の搬入実績が認められれば、補佐の選考を進めてほしいともある。 そして、その後ろに挟まれた写しに、私の署名があった。『王城北倉向け物資の搬出命令を確認し、記載の荷を引き渡す』
南の古い精錬路へ入る前に、私たちは橋のたもとで馬を降りた。ヴィンが見つけた修繕費の控えには、春に架け直した欄干の長さまで記されている。実際に見ると、片側の木だけ色が新しく、橋板には荷馬車の車輪が通る二本の筋が深く残っていた。 ダリオが三台目の馬車から採った灰色の粉を、小さな紙包みごと職人に見せる。橋の補修を請け負った男は、指につけて匂いを確かめたあと、顔をしかめた。「窯の灰ですね。ここから先へ運ぶなら、春は馬車を軽くしないと橋がもちません。冬は欄干を壊したまま通したやつがいて、その修繕を私らがやったんです。誰の馬車かまでは見ていませんが」 橋を通ったのがオーウェンの荷だとは、まだ言えない。私は修繕の日付と職人の名を書き留めた。ダリオが橋板の筋を調べているあいだ、エイドリアンは川上に続く道を見ていた。「窯まで馬で行けるか」「行けます。ただ、あそこには今も人がいますよ。古い窯を使って細々と仕事をしている連中です。勝手に押し入れば、見せてくれるものも隠すでしょう」 職人の忠告を受け、私たちは護衛を橋に残して三人で向かった。窯の入口には割れた鉢と石炭袋が積まれ、炉からは細い煙が上がっている。すでに誰もいない場所を想像していた私は、仕事中の人たちを見て少し恥ずかしくなった。ここには、昨日までの暮らしがある。 責任者だという女は、王の名を聞いても帳面を胸に抱えたままだった。「うちは税を納めています。王様が来たからといって、釜の中身を全部ひっくり返されたら明日の仕事が止まります」「必要なものだけ見せてほしい。仕事の損失が出たら記録して払う」とエイドリアンが答える。「後で払うと言われて、後で払ってもらえた経験があまりないんですよ」 女はすぐに引かなかった。私は橋で採った粉の包みを出し、炉そのものより、昨冬にここへ来た荷と粉の由来を知りたいのだと説明した。彼女は私の帳簿とエイドリアンの顔を見比べ、窯の裏にある棚だけを案内すると決めた。「荷主の名前を知りたいなら、うちの控えを読んでください。ただし持って帰らないで。前に役人に原本を持っていかれて、返してもらうまで仕入れを二重に払いました」 彼女の警戒には理由があった。私たちはそ
城へ戻った翌朝、ヴィンが南の街道図を机いっぱいに広げた。紙の端を文鎮で押さえても、長く巻かれていた癖が抜けず、精錬路のあたりが丸まって見えなくなる。私が帳簿を重しにすると、ヴィンはようやく道を指で追えるようになった。「オーウェンさんが言った窯は、ここでしょう。古い精錬路は冬でも通れますが、荷を積んだ馬車には狭い。三台とも向かったなら、途中で車を替えたはずです」「三台目は車輪の番号が削られていたわ。替えた車かもしれないし、あとで別の場所を走っただけかもしれない。今ある記録だけでは、つなげられないわね」「そう言われると思って、修繕代の控えも持ってきました」 ヴィンは得意そうに薄い綴りを差し出した。昨年の冬、精錬路沿いの橋は雪で欄干を傷め、春先に補修されている。通れなかった証拠にはならないが、道幅や車輪の跡が残った場所を探す手がかりにはなる。私が礼を言うと、彼は「褒めるのは帰ってきてからにしてください」と答えた。「ダリオさんはアデルさんの家へ行っています。返事が届くまでは、こちらも動きすぎないほうがいいでしょう。守る相手がいる捜査って、帳簿を読むより気を使いますね」 以前の私なら、そこまで考えただろうか。損失の数字は追ったのに、戻らなかった御者の名前を追わなかった。その後悔に足を止められたくはないが、忘れて仕事を手早く済ませた気にもなれなかった。 昼を過ぎてダリオが戻り、私はヴィンと一緒に報告を聞いた。アデルの家の周囲に不審な人影はなく、兵は離れた二か所に配置したという。オーウェンの手紙は、ダリオが直接渡した。「奥方は、最初の一行を読んだところで座り込みました。しばらくして全部読み終えると、泣くのをやめて、あいつは脚をどうしたのかと私に聞いた。事情を話したら、今度は怒りだしたよ」「何に?」「本人が生きていてよかったことと、知らせを寄越さなかったことは別だ、と。ずいぶん正確な言い分だった。あの場では、私も余計な口を挟めなかった」 ダリオは大きな手で封書を一通、机へ置いた。アデルからの返事だった。オーウェンに直接渡してほしいと書かれた宛名の下に、私たちへの短い伝言が添えてある。娘を伴って会うつもりだが、家の安全と道中の護衛を自分でも確かめた
診療所からの返事には、名前が書かれていなかった。『お尋ねの冬の輸送について、話をしたいという者がおります。本人の希望により、会うまでは所在を公にしないでください』 それだけでも、便箋を持つ私の指は落ち着かなかった。エリアスの話を聞いたあと、私たちは輸送路沿いの宿と診療所に、オーウェン・ベルの人相と荷馬車の事故の記録を尋ねていた。返事の大半は「心当たりなし」だったから、この一通にも期待しすぎまいと決めていたのに、出発の支度をするあいだ、私は何度もアデルの顔を思い出した。 国境の診療所は、川沿いの粉挽き小屋を改めた建物だった。戸口には乾いた薬草が吊られ、奥から石臼ではなく、湯を沸かす鍋の音が聞こえる。エイドリアンは護衛を外に残し、私とダリオだけを伴って中へ入った。 迎えた年配の医師は、王の顔を見ても腰を折らなかった。「先に断っておきますが、ここで暮らす人間を、診察台から引きずり下ろすような真似はさせません。あの人は手紙の内容を読み、自分で会うと言いました」「それでいい」 エイドリアンが答えると、医師はようやく廊下の先を示した。診療所の保護を頼っている人なら、王が来たこと自体、脅しに見えるかもしれない。私は部屋へ向かう前に、そのことをエイドリアンに小声で伝えた。「まず、私から話してもいいでしょうか。帳簿で名前を見つけたのは私ですし、彼の奥さんにも会いました」「わかった。私はここで待つ。彼が望まなければ入らない」 飾り気のない返事だった。私は安心した半面、自分だけが先にアデルの夫と会うことに、奇妙な後ろめたさも覚えた。 小部屋には窓が一つあり、洗った布が日の当たるところに掛けられていた。机の前に立つ男は私より少し年上に見え、左脚をかばっていた。衣服は清潔だが、袖口は何度も繕われている。名乗る前に、彼は私の手にある古い帳簿へ目を留めた。「まだ、あれが残っていたんですね」「オーウェン・ベルさんですか」「ええ。先に聞かせてください。妻と娘は生きていますか」 問いに勢いはなく、そのぶん、答えを待つ間の長さが痛かった。「お二人とも生きています。アデルさんには先日お会いしました。娘さんも一緒
配給所の戸を開けたガレスは、最初に人の声ではなく、床を引きずる木箱の音を聞いた。奥ではイーダが薬の箱を数え直している。机には保存食の出庫票が積まれ、まだ朝の配給が始まっていないのに、窓口の外には十人ほどが並んでいた。「足りないのか」 ガレスが声をかけると、イーダは箱の蓋を閉めた。祝祭以来、彼女は仕事に必要なことしかガレスに話さない。今日も棚から帳簿を取り出し、印をつけた頁を開いた。「薬は今日の分があります。ただ、来週の分として頼んだ箱が、まだ来ていません。保存食は今朝、配る量を減らさないと週末までもたないです」「南から荷が来る予定だろう」「予定はそうです。でも、いつ着くかを確かめてもらえませんでした。先週から三度、長の執務室に伝えています」 ガレスは帳簿に目を落とした。イーダの字で日付と残数が並んでいる。その横に細かく書き込まれた古い注意書きは、リヴィアの字だった。小さな子どものいる家、狩りで負傷した者、ほかの村から一時的に身を寄せている家族。彼女は決まった量を配るだけでなく、誰がいつ受け取れなかったかまで記していた。「この欄は、必ず埋めなければならないのか」「埋めないと、来なかった家の分が余ったのか、取り置きが必要なのか分からなくなります。リヴィアがいたときは、受け取らなかった人のところへ、その日のうちに誰かが様子を見に行っていました」 イーダは箱を棚へ戻した。ガレスには、嫌味を言われたようにも聞こえた。ただ、今朝ここに並ぶ人々を前に、言い返す言葉が見つからない。「南には俺から催促する。今ある分は、夕方までに代わりを手配するから、朝はいつもどおり配ってくれ」「夕方までに届く見込みがあるなら、そうします。約束だけなら、今ある量に合わせて配ります」「俺が手配すると言っている」「だから、届く見込みを聞いているんです。昼に薬を使ったら、夕方届く予定の箱を開けることはできません」 外で待つ女が、窓口を覗いた。イーダは彼女に、もう少しで始めると告げる。ガレスは何も言わず、出庫票を一枚取った。南の集積場へ送った注文書に、確かに自分の承認印がある。だが、そのあと誰が到着日を確認することになっていたか、思い出せ
警備室でエリアスの名を尋ねると、ダリオは北倉の古い勤務簿を開いた。昨冬に休職したあと、兵へは戻っていない。今は城から半日ほどの町で、革具の修理を手伝っているという。「こちらから事情を伝えて、会ってもらえるか聞きます」とダリオが言った。「陛下がいきなり訪ねれば、断りたくても断れません」 私は頷いた。王はエリアスを傷つけたという記録を、長いあいだ信じてきた。私たちは追記の筆跡を疑っているが、エリアス自身の話を聞いていない。その状態で王に「あなたはやっていない」と言うのは、私にはできなかった。 ダリオからの手紙に、エリアスは翌朝返事を寄こした。王本人と話すことを望む。ただし、リヴィア・フェンも同席してほしい、とある。「私の名前を知っているんですか」「冬の荷の帳簿を調べていると伝えました」とダリオが答えた。「エリアスも、荷を送り出した群れの記録係が来るなら話したいそうです」 王は返事を読み、自分の腕で馬を操れるようになったから騎乗で行くと言った。ダリオが医師の名を出す前に、私は「馬車で一緒に行きましょう」と勧めた。王は私を見て、今度は争わず頷いた。 道中、彼は冬の記録の写しを膝に載せていた。昨日から何度も読んでいるはずだ。追記の筆跡が本人のものに見えないと分かっても、書かれた出来事まで嘘だとはまだ決められない。そのことが王を悩ませている。「もしエリアスが、俺に腕を折られたと言ったら」 馬車が町へ近づいたころ、王が口を開いた。「私は、彼の話を聞きます」「お前には、俺を信じたい理由もあるだろう」「あります。だから一緒に来たんです。でも、彼が何をされたか決めるのは、私でもあの帳面でもありません」 王は写しを畳んだ。怒った様子はなかったが、続く言葉を探しているように見えた。「お前に、そんな返事をさせたかったわけではない」「分かっています。陛下は、万一のとき私が困ると思ったんでしょう。私はエリアスさんが話す前から、傷ついたのは誰かと考えています。会ってから答えを決めましょう」 王は「そうだな」と言い、窓の外へ顔を向けた。町の家々が見えてくる。石畳の端には、荷車から落ちた藁が風に寄せられてい